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冒険家・植村直己を多面的に知る

『植村直己・夢の軌跡』湯川 豊著 書評

 

『植村直己・夢の軌跡』湯川 豊著

 

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著者の湯川豊さんは文芸評論家でエッセイスト。

 

文芸春秋に勤務していた時代に、冒険家植村直己と知り合い、植村が死去するまで16年近くに渡り交流を続けていました。

 

本書は湯川さんからみた、植村直己という人物について様々な側面から書いた一冊となっています。

 

植村直己という冒険家がいたことは知っていましたが、さほど詳しい情報を持っていなかったため、この本を通じて深く学ぼうと手に取った次第です。

 

本書では、年譜の上での植村さんの事績を追うという方法ではなく、多面的にテーマを構えて、不出世の冒険家の肖像に迫るという手法を採っています。

 

湯川さんの立場からすると、植村さんは輝かしい業績を成し遂げた、単純なヒーローというわけではなく、光と影を併せもった、魅力的な人間としてみえていたそうです。

 

そして、取り上げられたテーマは下記の通り。

 

1章 始まりと終わり
2章 単独行
3章 冒険家の食欲
4章 先住民に学ぶ
5章 冒険旅行に出る前に
6章 現地から届いた手紙
7章 『青春に山を賭けて』の時代
8章 エベレストを越えて
9章 故郷
10章 エスキモー犬
11章 北極点単独行
12章 公子さんのこと
13章 南極の夢
14章 マッキンリーの氷雪に消えた

 

読んでみて、植村直己という人物の様々な側面を知ることが出来ましたが、中でも独特な冒険スタイルを知ることが出来たのは特に印象深いものでした。

 

植村の冒険に対するきわだった表情。

 

それは自然を克服するのではなく、自然にしたがうこと、適応するという点です。

 

科学技術に裏打ちされたさまざまな道具をフルに用いて、自然を征服するという方向は、十九世紀に最盛期を迎えた西洋の探検や冒険で確立された。人間の力で、自然を屈服させる。そういう方向である。

 

〜中略〜

 

それに対し、植村の冒険は自然への適応というのが特徴的。植村は別に観念的に西洋の方法を批判したわけではなく、エスキモーなど先住民に学ぶという態度からごく自然にそうなっていったのである。(61〜62ページ)

 

「自然との共存」という視点に立った冒険スタイルは、きわめて日本人的であると感じました。

 

しかしながら、エスキモーの生活スタイルに適用しようとする記述の箇所は驚くことばかり。

 

部屋の中でトイレのしきりがなく、平気でみんなの前で排泄をする点や性交においてきわめて自由奔放で、人目をはばからない(この点だけは適応できなかったそうですが)点などは日本では考えられませんね。

 

極寒の中で生活を続けている住環境があるからこそ、習慣化されていった部分なのでしょう。

 

また植村直己の人柄についても詳しく書かれ、それを献身的に支えた妻・公子さんの存在もとても大きかったということがわかりました。

 

本来植村は大人しく、話すのが苦手な性格です。

 

湯川さんは最初に植村さんと出会った時の様子を次のように書いています。

 

彼は一言、二言話すたびに、顔を赤らめ、大汗をかいた。比喩としていっているのではない。

 

上気した顔面に、汗が噴き出し、頬や顎にそれが流れ落ちた。言葉がうまく出ないのである。

 

一言いってっかえ、つっかえたことで顔を赤らめ、顔を赤らめながら、できるだけ誠実かつ正確に自分の体験を伝えようとする。

 

そういうことなのだろうとすぐに推測がついたが、しかし私がそう思ったところでどうにもなるものではなかった。(11ページ)

 

こんな植村ですが、家庭にいる時は、月に1度ほど、公子さんの前で、生理みたいに怒りが爆発して、公子さんがその怒りを受けとめる役になっていたそうです。

 

そして、植村の怒りの爆発は異様といってもよいタイミングで突然訪れ、二日くらい続くのです。

 

湯川さんは、外で愛想がいい分、知らずに何かがたまっていくのだろうと推測しています。

 

普通であれば、こんな旦那であれば三下り半をつきつけてもおかしくないのに、しっかりと受け止めているあたりは、公子さんの度量の深さを感じ、公子さんだからこそ植村を支えられていけたのだろうと感じるのです。

 

他に冒険に関するエピソードも満載で自然の脅威がまざまざと伝わります。

 

特に、北極圏を横断する犬ぞり旅行で、途中犬が散り散りになり、失ってしまうシーンが何度か象徴的なシーンとして何度か登場します。

 

死に直結する出来事なので、もし自分が北極のど真ん中でこんな状況に陥ったらと感じると背筋が寒くなります。

 

このように日々死と向き合わせで過ごしているとその人しかわからない境地というものが出てくるものなのでしょう。

 

最終章では植村の死について書かれていますが、あまりにもあっさりとした最期であり、自然の冷酷さもやはり伝わります。

 

冒険家というのはとても危険な仕事であり、それでも冒険を続けているというは本能に訴える極上の愉しさもあるのでしょう。

 

仕事を行う上での覚悟が常人とは全く異なるものです。

 

こんな人におススメ!

・冒険家という職業について詳しく知りたい人
・植村直己を多面的に知りたい人
・冒険家の奥さんのサポート方法を知りたい人

 

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読書日:2016年9月

 

『植村直己・夢の軌跡』湯川 豊著

 

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